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「フラットでグレーなもの」2019.04.20 – 04.28

上も下もないフラットな、白でも黒でもないグレーな、ちょうどいいもの

「フラットでグレーなもの」

2019.04.20(土)~04.28(日) 12:00~19:00(入場は18:30まで)
定休日:火・水・木曜日

Galerie de RIVIERE / ギャルリ・ド・リヴィエール

〒564-0062 大阪府吹田市垂水町3丁目1-17 リヴィエール2F


 展示名「フラットでグレーなもの」は確か大学の終わり頃に、その当時言葉遊びをしていたときに思いついて、そのまま今日まで使っている言葉です。

 上も下もないフラットな、白でも黒でもないグレーな、ちょうどいいもの。

 これは決して、白や黒をグレーに塗り潰してしまうということではなく、上や下の優劣も認めた上で成り立つことだと思っています。
 思いついた当時は、白黒と意味づけできるもの(しやすいもの)ばかりで塗り潰し、曖昧でグレーなものを排除して、現実が息苦しくなっていくことに対し反発のつもりでした。でも、今はそれだけではなく極端な思想や立場をもった他者にとってもちょうどいいものを指しています。
 ちょうどいいものというのは多様な色が共存し、揺らぎながら解け合っている状態ではないでしょうか?

 単一的に何か”でさえあればいい”、何か”でなければならない”ということではなく、あれも在る、これも在るという状態。そのそれぞれが欠くことのできないひとつだという認識。それらが成り立つためには、曖昧さが必要だと考えます。

 現実は本来もやもやとして曖昧です。ただそのままを受け入れるということは労力を伴い、不便なので名前をつけたり、言葉をつけたりしている。そうやって意味の外にあるものを書割の絵みたいに省略する。でも、気付かないうちに意味ではないものに私たちは救われていることがある。意味の外にある曖昧なものを引っくるめて世界は成り立っている。だから、意味を追い求めることと曖昧なものを感じ取ること、その両方が必要なんだと思います。  今回の展示では、意図的に少し濁ったような燻んだような色にプリントを仕上げています。
 色は混ざると濁ってしまいます。しかし、そのそれぞれが決して塗り潰されずにちょうどいいものとして多様な色として解け合うことを意識しました。

 去年制作したZINE「ありふれたもの」で過去に起こった、ありふれた出来事に対して、私がどのようなものとして受け止めたのかをまとめました。

 自分自身がこの制作を通じて、気持ちを整理する必要がありました。それについて折りに触れて、何度も意味を考えました。考えることが無意味だったとは思いませんが、一度、意味から離れて曖昧なままを受け止めることで見えるものもあると、そう思います。そうすることで全てではないけれど救われました。

Published in Exhibition