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「ありふれたもの」

2018年 制作

23枚のカラーフィルム写真と1ページのテキストにて構成したZINE。

– 判型 : 297×210mm
– 頁数 : 50頁
– 発行年 : 2018
– 出版 : マツオカ ヒロタカ

Statement

死はありふれている。別れもありふれている。
地球はおかまいなしにくるくると自転し、太陽光線はサンサンと地球に影をつくる。
影は形を変える、ふとあなたがいるような、そんな気がして振り返る。

その年の桜は煌々と咲き乱れ、風は優しく吹いていた。
17の春、桜の花びらよりも先にあなたは散っていった。数日後、僕だけが18になった。

中2の夏、朝日の射し込む電車に揺られながら聴かせてくれたリストのピアノ曲。孤独の中の神の祝福。
右耳に響く旋律よりも誰もいない電車の静けさと白いシャツが朝日をはね返してまぶしかったことを思い出す。
あなたは美しいものをたくさん教えてくれた。同じだけ酷い現実のことを教えてくれた。

雨上がりに射し込む夕日に地面は光で溢れ、子たちは水飛沫を撒き散らす。
木漏れ日が風に揺らぐ。木々のざわめく音、かすかに聞こえる踏切の音。
一瞬だけピタリと風が止み、水溜りで歪んでいた空が美しい像を結ぶ。
どこからか薫る煙の匂いと若草の苦そうな臭い。
窓際に立つ少女は目が眩むほど強い光を受けていた。

日常のあちらこちらにあなたが見え隠れする。あなたがどう返してくるのかを思い描ける。
思い描くのに、宗教とか神とか大層なものはいらない。
ただ思い出があればそれだけで。
そういう意味ではもう会えない他人と死者に大した違いなんてないのかもしれない。
会えないから終わりなんてつまらない、会わなくても続いている。

僕はありふれたものの中にあなたを溶かしている。おだやかな海に溶けているあなたを。
恋心でも友情でもなく、ただ一緒にいた時間の破片をありふれた日常に重ねることがいまは楽しい。

海に花束を。
いつか薄れていくその時まで。


2023年 制作

2018年 ZINE「ありふれたもの」を再構成したβ版を展示しました。

– 会期 : 2023年3月29日~4月2日
– 会場 : ギャラリー・アビィ

Statement

死はありふれている。別れもありふれている。全てのものは変わっていく、過ぎ去っていく。
地球はおかまいなしにくるくると自転し、太陽光はサンサンと影をつくる。
影は形を変え、光が通り過ぎる。ふとあなたがいるような、そんな気がして立ち止まる。

その年の桜は煌々と咲き乱れ、風は優しく吹いていた。
桜の花よりも先にあなたは散っていった。数日後、僕だけが18になった。

中2の夏、誰もいない電車の静けさとあなたの白いシャツが朝日をはね返してまぶしかったことを思い出す。
電車に揺られながら聴かせてくれたピアノ曲。リストの『孤独の中の神の祝福』。
朧気だが断片的にイメージが残っている。

雨上がりに射し込む夕日に地面は光で溢れ、水飛沫を撒き散らし走る子ども。
どこからか薫る煙の匂いと若草の青々とした臭い。
木漏れ日が風に揺らぐ。木々のざわめく音、かすかに聞こえる踏切の音。
一瞬だけピタリと風が止み、水溜りで歪んでいた空が美しい像を結ぶ。
窓際に立つ少女は目が眩むほど強い光を受けていた。

あなたがどう返してくるのかを今はまだ思い描ける。
だが、輪郭は失われ、徐々に薄れていく。大切な言葉ですら風化していく。
でも、それでいいと思う。全ては変わっていく。

ありふれたものにあなたは溶けている。あの海に、あの光の中に。
いつか過ぎ去るその時まで。